いま、日本の海でリジェネラティブな取り組みが始まっています。海を再生し、豊かな海を醸成する活動は、藻場などによるCO2吸収を促進させるため、地球環境にもいい影響を与えます。なかでも、これからの地球温暖化対策において重要視されているのが、ブルーカーボンです。この記事ではブルーカーボンについて解説し、海を再生する日本企業の実践例を紹介します。
ブルーカーボンとは沿岸・海洋生態系が光合成によりCO2を取り込み、その後海底や深海に蓄積される炭素のことを指します。2009年に公表されたUNEP(国連環境計画)の報告書「Blue Carbon」において紹介されました。
「ブルーカーボンにより年間総排出量のおよそ0.5%を吸収・隔離できる(1)」、「温暖化を1.5℃に抑えるために必要な削減量の2.5%は、ブルーカーボン生態系による吸収源対策で達成可能(2)」など、地球温暖化対策における吸収源の新たな選択肢として、ブルーカーボンに大きな期待が寄せられています。
ブルーカーボンの主な吸収源となる生態系は、藻場(海草・海藻)や塩性湿地、干潟、マングローブ林があげられ、これらは「ブルーカーボン生態系」と呼ばれるものです。
海に溶け込んだCO2は、光合成により海洋植物に吸収されます。植物連鎖で捕食した魚や海洋植物の枯死後、海底に沈殿することで、炭素が貯留されるのです。
これまでは、陸上で植物が吸収し貯留する「グリーンカーボン」が温暖化対策の主流でした。ところが「ブルーカーボン」による炭素の吸収量と貯留期間が「グリーンカーボン」の吸収量を上回ることがわかり、注目を集めるようになりました。
陸上の植物の場合、固定化された炭素の貯留期間は数十年単位です。微生物の働きによって再び分解されてCO2として大気中に放出されます。それに対し、海底に蓄積された炭素は、分解が数千年単位と非常にゆっくり進みます。これは無酸素状態のため微生物による分解が抑制されてその分解が緩やかなためです。
吸収量で見ると、陸上の植物による炭素の吸収は19億トンであるのに対し、海域では29億トンを吸収。このうち10.7億トンは、日光が届き植物が光合成できる浅い海域で吸収されることがわかっています(国土交通省の調査による)。
UNEPの報告書「Blue Carbon」によると、ブルーカーボン生態系は年間2~7%ずつ消失していて、消失率は熱帯雨林の4倍だとわかりました。
消失により、貯留されていた炭素が放出されてしまう可能性も懸念され、ブルーカーボン生態系のさらなる保全・再生が世界規模で求められています。
【参考資料】
(1)「海洋・雪氷圏特別報告書」|2019、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
(2)気候変動に対する解決策としての海洋」|2019、持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベルパネル
Blue carbon|UNEP
ブルーカーボンとは|環境省
地球環境豆知識(36) ブルーカーボン|国立環境研究所地球環境研究センター
海の森ブルーカーボン|国土交通省港湾局
今回取り上げるのは、北三陸ファクトリーと合同会社シーベジタブルによるブルーカーボン⽣態系の保全・再生の取り組みです。
事例を紹介する前に、全国の海で問題となっている「磯焼け」について知ることから始めましょう。
日本各地の海で、藻場が消えてしまう「磯焼け」が増えています。「磯焼け」とは、海藻が繁茂していた大型海藻が枯死・消失し、大型藻が生えなくなる現象です。原因には、地球温暖化による海水温の上昇、魚やウニが海藻を食べ尽くす食害が原因だと考えられています。
海藻がなくなる“海の砂漠化”で魚介類の生息場が失われ、漁獲量は大幅に減少します。また、海の中でCO2を吸収する役割を持つ海藻がなくなるため、地球温暖化にもつながることも指摘されています。
磯焼けによる被害を抑えるために、全国では海藻を食べる魚やウニを駆除し、藻場を復活させる取り組みが進められています。
【参考資料】
平成11年版環境白書|環境省
磯焼け対策ガイドライン|水産庁
2018年、岩手県九戸郡を拠点にスタートした株式会社北三陸ファクトリー(以下、北三陸ファクトリー)は、磯焼けを解決するためにウニ再生養殖と藻場再生に取り組むベンチャー企業です。
海で増える磯焼けの原因の一つに挙げられるのが、ウニなどが海藻を⾷べ尽くしてしまう「⾷害」です。海に海藻がなくなると、ウニの食べられるえさもなくなり、ウニ自体が痩せて実入りがなくなってしまいます。
磯焼け対策としてウニの駆除が進められる一方、駆除された痩せウニは商品価値がないため廃棄される現状がありました。
そこで北三陸ファクトリーでは磯焼けによるえさ不足で実⼊りが悪くなった痩せウニを廃棄するのではなく、おいしいウニとして育て、商品化する取り組みを始めました。磯焼け問題の解決だけでなく、地域産業の創出につなげることを目指しています。
北三陸ファクトリーでは廃棄物として捨てられるウニを再生し、製品レベルの品質へ改善するための養殖技術を確立するため、研究機関や事業者と協力し、「ウニ再生養殖」を始めました。
ウニがおいしくなるために、海藻由来の粉末を使ったペレット状のえさ「HAGUKUMU-TANE®」を開発。8〜10週という短期間で実入りの改善を実現しました。さらに、ウニをおいしく育てるための海面養殖用カゴや陸上養殖システムを開発。ウニ再生養殖は、ウニそのものを最高品質にし、価値ある水産物として再生するための仕組みが確立されています。
また、北三陸ファクトリーでは、ウニの再生だけでなく失われた藻場を回復する「藻場再生」の活動にも取り組みます。ウニを駆除し管理すると同時に、海藻を生やす取り組みです。
藻場再生では、ウニの殻から堆肥ブロックを作って海に沈めています。堆肥ブロックは廃棄料がかかるウニの殻を、天然ゴムと混ぜ合わせたもの。堆肥ブロックとして海の中に沈め、昆布等の海藻の種を植え付け海藻が繁茂させます。
北三陸ファクトリーは北海道大学や研究機関と研究を重ね、ウニ養殖のさまざまな特許技術を共同開発。「ウニ」と「海藻」を再生するための再生養殖システム≪UNI-VERSE≫を確立しました。
2023年にはオーストラリアに現地法人(KSF Australia)を設立し、日本以外で初めてのウニ養殖に取り組んでいます。
【参考資料】
海を守る取り組み|株式会社北三陸ファクトリー
うに再生養殖事業|株式会社北三陸ファクトリー
高知県安芸市に本社を構える合同会社シーベジタブル(以下シーベジタブル)は、磯焼けにより減少しつつある海藻を、環境負荷の少ない陸上栽培と海面栽培によって蘇らせています。現在は生産拠点は、熊本から岩手まで、日本各地に拠点を構えます。
シーベジタブルではスジアオノリという海藻の地下海水を用いた陸上栽培を世界で初めて実現しました。スジアオノリはシーベジタブルが創業以来、主に生産してきた海藻で、青のりの中で最も香り高く、最高級品種と言われています。
主産地だった高知県の四万十川では、河口部の水温上昇に伴って収穫量が大幅減少し、2020年には出荷量がゼロに。年々減少していく過程で供給量が足りない状況が続いていました。
そこで、シーベジタブルでは世界初となる、清浄でミネラル豊富な地下海水を用いた陸上栽培を行います。独自に開発した設備や生産ノウハウによって、高品質なスジアオノリの安定的な供給を可能にしました。
こうした陸上栽培に加えて、シーベジタブルでは海面での栽培にも取り組みます。全国各地で発生する食害や藻場の激減に対し、まずたどり着いたのが「海面で海藻を栽培することではないか」という仮説です。つまり「海水温が下がって食害を受けない時期や海域を特定し、そこに適した海藻を栽培すれば、一時期だけでも海に海藻がある状態を作ることができる」というものでした。
食害を受ける場合でも、カゴなどを活用して栽培することで、使われていなかった海域には海藻がある状態が長期間つくられ、海の生態系を豊かに育むことができると考えています。
また、シーベジタブルでは海藻の新しい食べ方の提案にも力を入れています。2021年、東京に設置されたテストキッチンでは、海藻の食材としての可能性を見出そうと3人の料理人による食材研究が行われてきました。料理業界でもほとんど知られていない、可能性に満ちた海藻の活用方法を発信しています。
【参考資料】
合同会社シーベジタブル
今回ご紹介したように藻場を再生し豊かな海を取り戻すことは、ブルーカーボン生態系を保全・再生し、地球温暖化対策へとつながります。特に四方を海に囲まれた日本にとって、海が持つ炭素吸収源としての可能性は大きいと考えられています。
私たちは海から多くの恩恵を受けて生活してきました。海の再生は、気候変動対策のみならず、豊かな海をつくり、私たちの豊かな暮らしへとつながっていくでしょう。ブルーカーボンのさらなる取り組みに期待したいです。
(ライター:藤野あずさ)
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