コラムリジェネラティブ

学校で取り組める「リジェネラティブ」とは?活動事例を紹介

2025.03.06


SDGsや環境問題の解決を目指して、アクションを起こして情報発信をする学校も増えてきました。これからの未来を担う子どもたちにとって、環境問題は切実な課題です。知識やスキルだけでなく、「自分たちで現状を変えられる」という意識を育むためにも、学校でこのような取り組みを推進する意義があります。

さらに、近年は「リジェネラティブ(Regenerative=環境再生)な世界」を目指した取り組みも現われはじめました。環境への負荷を減らすだけでなく「自然を回復させる」という視点に立つ「リジェネラティブ」は、これからの社会の在り方を考えるうえで欠かせない方向性の1つです。現在、農業や都市計画、ビジネスの世界でも注目されています。

この記事では、学校でのリジェネラティブな取組事例として、青森県立名久井農業高校と大阪府立泉北高校の活動をご紹介します。2校の取り組みは分野こそ異なりますが、どちらも「これからも人間が地球で、この街で暮らし続けるために」という大きな目標を掲げています。できる限り詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。

事例① 名久井農業高校「FLORA HUNTERS」の活動

青森県立名久井農業高校の「FLORA HUNTERS」は、2014年に結成された農業技術開発チームです。同校の環境システム科の学生が、サステナブルな農業と地球環境への貢献につながる独創的な技術開発に取り組んでいます。

2024年に「日本ストックホルム青少年水大賞」を受賞した「節水型ミスト栽培システム」は、FLORA HUNTERSが従来の作物栽培の常識を一から見直し、植物の研究・実験を重ねて開発した装置です。ミスト状の養液を植物の根に吹きかけることで、生育に必要な水分の大幅削減を実現しました。

名久井農業高校の「節水型ミスト栽培システム」には、次の特徴があります。

・植物の「湿気中根(水が少ない環境に置かれた植物が出す細かい根。空気中の⽔蒸気を吸収する)」を利用
・密閉容器に、根が宙ぶらりんになった状態で植物を生育
・1時間に1回、15分間のみミスト状の養液を根に直接噴霧

栽培システムのミスト装置は、わずかな量の養液で作動できる設計です。さらに、ミストを噴霧する根は密閉容器に入れられているため、装置そのものから蒸発してしまう養液を95%も減らすことができました。根が吸収しきれなかった養液も回収して、再利用することができます。

また、ミスト栽培では省電力の「超音波発生装置」を動かす短い時間しか電力を使用しません。このような技術を組み合わせた節水型ミスト栽培システムは、従来の水耕栽培と比べて使用水量・電力使用によるCO2排出量ともに70%以上もの削減を可能にしました。

現代の農業では、作物を育てるのに大量の水と電力を必要とします。人間が使える淡水は、地球上に存在する水全体の0.01%にすぎません。その0.01%のうち、約7割が農業に利用されています。深刻な水不足を抱える乾燥地は現時点でさえ少なくありませんが、これからの気候変動や人口増加によってさらに悪化する可能性も高いです。

FLORA HUNTERSの節水型ミスト栽培システムは、大量の水を手に入れられない乾燥地での農業をより効率よくできる可能性があります。乾燥地で実用化できれば、世界中で活用できるはずです。名久井農業高校は、2024年の「ストックホルム青少年水大賞」に日本代表として参加、節水型ミスト栽培システムを発表しました。

【参考資料】
青森県立名久井農業高等学校
青森県立名久井農業高校|高校生ボランティアアワード
2024ストックホルム青少年水大賞・写真で紹介|公益社団法人 日本河川協会
Our water-saving mist cultivation system grows lettuce with 70% less water|公益社団法人 日本河川協会

日本の「伝統工法」を利用した技術開発も

名久井農業高校のFLORA HUNTERSは、日本で古来から使われてきた建築工法を使った技術開発にも取り組んでいます。伝統工法を活かした技術で環境問題の解決への貢献を目指す取り組みです。

例えば、FLORA HUNTERSが開発した「塩害抑制システム」では、古墳の建築技術の1つ「キャピラリーバリア®」を活用しています。中央アジアや中国・インド、中東地域などの乾燥地で問題となっている「塩害」は、地下水の蒸発によって塩分が地表に蓄積する現象です。塩害土では作物も育たないうえ、塩を取り除くために水分を必要とします。

FLORA HUNTERSが注目した「キャピラリーバリア」とは、液体の「毛細管現象」を利用して遮水する層のことです。日本では、古墳内部の漏水防止対策として1500年以上前から活用されてきました。

塩害抑制システムでは、地中にキャピラリーバリアにあたる礫層を埋設することで、塩水の上昇を食い止めます。さらに、礫層に混ぜ込んだ木灰中のカルシウムによって、塩のもととなるナトリウムが流出しやすい状態になります。塩害土を農地に変えられる可能性もあり、今後の発展が期待されています。

また、FLORA HUNTERSは日本家屋の「たたき」を活用した簡易堤防も開発しました。数年前に開発したこの技術を応用し、沖縄の島々で問題となっている赤土流出の抑制に貢献しています。

沖縄では、まとまった強い雨や台風の後、開発現場やアメリカ軍の演習場から流出する赤土によって、海が濁ってしまうという問題が起こっています。FLORA HUNTERSは、以前開発した簡易堤防をもろく崩れやすい赤土の性質に合うように改良しました。名久井農業高校は青森県の高校ですが、この技術を使って沖縄の人々と連携しながら環境保全のボランティアに取り組んでいます。

名久井農業高校では、各種大会やメディアを通して開発した技術を世界に向けて発信しています。また、今後の活動を担う人材の育成プロジェクトも盛んです。植物がもつポテンシャルや伝統的な技術などを新鮮な目で見つめ直し、壊れつつある環境を回復させる取り組みが国内外で注目されています。

【参考資料】
青森県立名久井農業高校|高校生ボランティアアワード
土壌を改善し、農業基盤を下支え【自然と向き合うワカモノたち】 | Science Portal|国立研究開発法人 科学技術振興機構
キャピラリーバリアとは?|新潟大学農学部
1.赤土汚染がおきるしくみ|沖縄県

事例② 大阪府立泉北高校「泉北レモンPromotion Team」の活動

大阪府堺市の泉北高校・国際文化科は、総合的な学習の時間を使って地元の「泉北レモン®」を使った特産品開発に取り組んでいます。2024年、4代目の「泉北レモンPromotion Team」は、レモンの葉を使った商品開発と地域おこしに取り組みました。

あえてレモンの「葉」を使うことにしたのは、果実が実るまでに2〜3年かかることに加え、大量のレモンリーフが廃棄されている現状があるためです。レモンの葉や茎には、果実と同じように爽やかな香りがあります。しかし、果実と比べると活用方法が未開発のため、廃棄されてしまうケースが多いです。

泉北レモンPromotion Teamはそこに着目し、廃棄されてしまうレモンリーフを地元の特産品に変える活動を始めました。レモンリーフの香りを活かしたサシェの制作や、堺市長へのプレゼン、公共施設「ビッグバン(児童館)」へのレモン植樹など、さまざまな方面に活動を展開しています。

さらに、レモンリーフによる特産品開発を「泉北ニュータウン」の地域おこしにもつなげる計画を立てています。

泉北高校がある泉北ニュータウンでは、近年人口減少と少子高齢化が問題となっています。1960年代に開発が始まり、最盛期には16万人もの住民がいたものの、2020年の人口は12万人と大きく減少しています。高齢化率も37.1%と国内平均を上回る割合です。

泉北レモンPromotion Teamは、「泉北レモン」の商品開発に加えて「泉北ニュータウンにエディブルガーデンをつくる」という大きな目標を掲げました。次の章で詳しく解説する「インクレディブルエディブル」を、泉北ニュータウンで実現させるべく活動しています。

【参考資料】
学校教育でローカルプロダクトを活用! 給食や学びの事例 | Operation Green 循環型○○の実践プログラム
大阪府立泉北高等学校 泉北レモンPromotion|高校生ボランティアアワード
レモンプロジェクト概要 | 泉北レモンの街ストーリー
子どもたちが泉北レモンを楽しむ|堺市

「インクレディブルエディブル」とは

「インクレディブルエディブル(Incredible Edible、以下IET)」とは、イギリス中部の町・トッドモーデンから始まった街のあちらこちらに野菜や果樹を植え、誰でも食べられるようにする運動です。2008年に地元の女性たちがはじめ、現在は世界中の約1000以上のグループが取り組んでいます。

トッドモーデンは、人口1万5000人ほどの小さな街です。以前はテキスタイル産業で栄えていたものの、IETの活動が始まった頃は失業者も多く、地域コミュニティも荒れていました。

活動を始めたのは、いずれも孫世代の将来を不安に思った高齢女性たちです。最初は道路やバス停のそばにさりげなく植えておくだけでしたが、次第に活動に賛同する住民が私有地を提供してくれたり、地元の行政も巻き込んだりと輪が広がっていきました。活動が世界中に知られた現在は、毎年1000人もの人々がトッドモーデンを視察で訪れています。

泉北高校「泉北レモン®Promotion Team」の「泉北ニュータウンにエディブルガーデンを作る」という目標は、このIETをモデルにしています。IETは「街に植えられている作物を自由に食べてよい」という貧困・福祉面へのアプローチだけでなく、地域の人々が交流する場としても機能しています。泉北レモンPromotion Teamの活動は、「地産地消で地元に持続可能なコミュニティを作る」取り組みです。

現在は、泉北高校では実証実験として、校内にエディブルガーデンを作ることを目標としています。将来は泉北ニュータウンにエディブルガーデンを広げ、シニア世代にレモンを管理してもらい「高齢者の働く場所・生きがいの創出」にもつなげる計画です。

【参考資料】
大阪府立泉北高等学校
Incredible Edible Todmorden
11.住み続けられるまちづくりを | SDGsクラブ|日本ユニセフ協会

まとめ

学校でのリジェネラティブな取り組みとして、青森県立名久井農業高校と大阪府立泉北高校の活動事例をご紹介しました。

どちらの活動も、現在在学中の学生だけでは成し遂げられない取り組みです。もちろんその年度中に完成・完了できることもたくさんありますが、遠く離れた地の環境問題や街づくりはすぐに結果が見えることではありません。先輩たちの活動を現メンバーが引き継いで、今後入学してくる後輩たちに託すという営みを続ける必要があります。

現在の環境問題を解決するには、目先の利益や結果のみにこだわらず、長いスパンで物事を捉える視点が必要です。教育現場でのリジェネラティブな取り組みは、このような考え方・捉え方の涵養にもつながるかもしれません。

(ライター:佐藤 和代)


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