夏の酷暑やこれまでにない大型台風などの異常気象が増え、今まで以上に「地球温暖化」を身近に感じている方も多いのではないでしょうか。2022年の夏は、1898年の統計開始以来2番目に暑い夏だったと気象庁が発表しています。記録的な暑さは世界各地で見られ、また干ばつや洪水、大雪などで大きな被害を受けた国も多いです。
環境庁は、2008年に地球温暖化対策として「カーボン・オフセット」を推進する取り組みを始めました。地球温暖化を促進してしまう「温室効果ガス」を削減するための考え方で、これまでに多くの企業が事業に取り入れています。
この記事では「カーボン・オフセット」がどのようなものか解説し、企業が取り組んでいる事例を3つご紹介します。
「カーボン・オフセット」とは、人間の暮らしや経済活動の中で発生する「温室効果ガス」について、どうしても排出が避けられない分は「排出量に見合った削減活動」に投資することで埋め合わせをする、という考え方です。自分たちの活動によって発生する温室効果ガスの量を自覚し、できるだけ削減したうえでどうしても発生する分はオフセット(=埋め合わせる・相殺する)して「実質ゼロ」を目指します。
企業が製品・サービスを消費者に提供する過程では、実は二酸化炭素をはじめとする多くの「温室効果ガス」が発生しています。例えば、服作りには原材料の調達や紡績・染色・縫製などの工程があり、1着につきおよそ25.5キログラムもの二酸化炭素が排出されるといわれています。
事業活動のすべてでカーボン・オフセットを実行するのは難しいことです。けれども、オフセットつきの製品の販売やイベントの開催など、その企業だからこそできるカーボン・オフセットを見つけられれば取り組みやすく、また会社のアピールポイントにもなるでしょう。
【参考資料】
カーボン・オフセット|農林水産省
サステナブル・ファッション|環境省
一般に「温室効果ガス」と呼ばれる気体は、二酸化炭素やメタンガス、一酸化二窒素などを指します。大気中のこれらの気体には、赤外線を吸収して再放出する性質があります。
地表から放射された赤外線を温室効果ガスが吸収・再放出することで、一部の赤外線が大気中に留まって地球の気温を一定に保っているのです。現在の地球の平均気温はおよそ14℃前後ですが、もし温室効果ガスがなければマイナス19℃ほどになってしまいます。
このように、温室効果ガスそのものは生物環境にとってとても重要なものです。けれども、人間の生活・経済活動のなかで温室効果ガスの量が増えすぎると大気中に留まる赤外線量も増え、地球全体の気温が上がりすぎる「地球温暖化」の状態になってしまいます。
カーボン・オフセットは、温室効果ガスを削減して「実質ゼロ」を目指すことで地球温暖化を少しでも防ぐ、これからの企業活動になくてはならない視点です。
【参考資料】
温室効果ガス|東京大学
温室効果ガスってどんなもの?|南房総市
地球環境・国際環境協力|環境省
カーボン・オフセットと似た言葉に「カーボンニュートラル」があります。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスをとって「全体としてゼロ」になっている状態です。カーボン・オフセットは、カーボンニュートラルを実現するための1つの方法といえます。
2020年10月、当時の菅総理大臣は国会で「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。2050年までに、人為的に発生する温室効果ガスの量から植林や森林管理などによる二酸化炭素の吸収量を差し引いて「実質ゼロ」を目指す宣言です。
2015年の「パリ協定」では、工業化以前の平均気温からの気温上昇を「2℃以内」に抑えることですべての国が合意しました。この協定に基づいて、現在では120以上の国々が「2050カーボンニュートラル」を目指しています。
【参考資料】
脱炭素ポータル|環境省
2020年以降の枠組み:パリ協定|外務省
今さら聞けない「パリ協定」 〜何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~|経済産業省 資源エネルギー庁
大阪に本社を置く「ハート株式会社」は、2008年8月に業界でもいち早くオフセット製品の販売を始めました。
ハート株式会社ではオフセットつきの封筒・名刺を製造・販売し、収益の一部で「CO2排出権(クレジット)」を購入しています。このCO2排出権は国連が承認したCO2削減事業によって発行されたもので、ハート株式会社はこの排出権を日本政府へ無償提供することで、温室効果ガス削減に貢献しています。
オフセット製品の販売によって、ハート株式会社では2021年10月時点で約968,015キログラムものCO2削減に貢献しています。
【参考資料】
カーボンオフセットの取り組み|ハート株式会社
「排出権(クレジット)」とは、1997年の京都会議(COP3)で導入が決められた「排出権取引制度」によって生まれた権利です。上の事例では「キャップ&トレード」という方法で排出権が取引されました。
「排出権取引制度」は企業同士でCO2排出量を取引することで、社会全体として温室効果ガスを減らしていこうとする手法です。
「キャップ&トレード」では、温室効果ガスの排出量の限度が「排出枠」として設定されています。事業活動の中でどうしても排出枠を超えてしまう企業には、「自社努力でのCO2削減」と「排出枠内に収められた企業からの排出権購入」の2つの選択肢があります。
ハート株式会社はオフセット製品の売上の一部で排出権を購入し、政府に譲渡することで日本の排出枠を増やしました。この方法には、目標値が明確で企業にも行動の選択肢があるというメリットがあります。
【参考資料】
国内排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード)|環境省
排出権とは?|三井住友銀行
富山県の「日本海ガス株式会社」は、2022年度の主催イベントで排出されたCO2を富山市が発行した排出権(カーボン・クレジット)を購入することでオフセットしました。
日本海ガス株式会社では、毎年「とやまみらいフェス」と「ガス展」の2つのイベントを開催しています。イベントを開催すると、会場での燃料・電力の使用やスタッフ・来場者の移動にともなってCO2などの温室効果ガスが排出されます。日本海ガス株式会社は、イベントで発生したと考えられるCO2全量分をオフセットしました。
購入したカーボン・クレジットは、富山市が森林組合と共同で行った森林整備によって発行されたものです。森林整備などの環境活動で増加したと考えられるCO2吸収量は、環境省が運営する「オフセット・クレジット(J-VER)制度」の認証を受けることでクレジットとして創出されます。
【参考資料】
プレスリリース|日本海ガス株式会社
富山市オフセット・クレジット(J-VER)の購入者の募集|富山市
オフセット・クレジット(J-VER)制度|環境省
排出権(カーボン・クレジット)を利用したオフセット活動には、次のようなものがあります。
これらのうち、「オフセット製品・サービスの販売」では企業がオフセットの主体、「クレジット付き製品・サービスの販売」では消費者が主体です。企業は主体としてもカーボン・オフセットに取り組めますが、消費者にオフセットの機会を提供することもできるのです。
【参考資料】
オフセット・クレジット(J-VER)制度|環境省
初めてカーボン・オフセットに取り組む方へ|J-クレジット制度
「東洋インキグループ」では、毎年発行する「CSR報告書」を作成するときに排出されるCO2をカーボン・オフセットしています。
CSR報告書作成にともなうCO2排出量は、「産業環境管理協会」が定めた「JEMAI環境ラベルプログラム」に基づいてCFP(カーボンフットプリント)を算出しています。報告書1部につき500グラム以上のCO2が排出されていることが分かり、東洋インキグループではその全量をオフセットしました。
また東洋インキ株式会社では、環境調和型製品「ライスインキ」の生産過程で発生したCO2もカーボン・オフセットしています。ライスインキは2011年度に「グッドデザイン賞 サステナブルデザイン賞」も受賞しました。
【参考資料】
CSR報告書・データ2019|東洋インキ
一般社団法人 産業環境管理協会
ライスインキ|東洋インキ
東洋インキ株式会社が算出した「カーボンフットプリント(CFP)」とは、商品・サービスのライフサイクルの全工程で発生する温室効果ガスをCO2に換算する仕組みです。CO2排出量を数値で表すことで、企業・消費者にわかりやすくなります。
CFPを利用すると、企業は「どの工程でより多くの温室効果ガスを排出しているか」に気づきやすくなります。そのような気づきから「どのような工夫をすればより効率的に温室効果ガス削減ができるか」など、対策を練ることも可能です。
また、排出権取引制度は「自社でできるかぎりCO2削減に取り組む」ことを前提としています。CO2排出量が数字で見えると、日々の企業活動でのオフセットにも取り組みやすくなるのではないでしょうか。
【参考資料】
CFPについて|CFPプログラム
カーボンフットプリントの概要|経済産業省
カーボンフットプリント|環境省
カーボン・オフセットは、世界中でこれからさらに取り組んでいきたい活動です。そのためには改善するべき課題もあります。
例えば、CO2削減の自社努力にかかる資金よりもクレジット購入の方が安価な場合、削減活動をせずに排出量取引をする企業が出てくる可能性があります。また温室効果ガス排出量の算出方法は、公正な排出量取引のためにもより精度を上げていかなければなりません。
この記事でご紹介したように、カーボン・オフセットはそれぞれの企業の事業活動に自然に組み込むことができます。今までと全く違うことを始めるのではなく、その企業だからこそできるオフセット方法があるのが魅力です。
「2050年カーボンニュートラル」に向けて、社会全体で温室効果ガス削減に取り組んでいきましょう。
(ライター:佐藤 和代)