コラムエコスクール水質保全

さまざまな効果が期待される学校への「無添加せっけん」導入

2022.03.11

2020年初頭から顕在化したコロナ禍は、私たちの暮らしにさまざまな方面で変化をもたらしました。日常生活における手洗い・洗浄の励行、教育強化もそのひとつです。千葉県浦安市では2021(令和3)年12月、議会で全国初となる「手洗い条例」が賛成多数で可決されました。

同条例では感染症拡大防止などを目的とする手洗いについて、市と市民、学校、事業者がそれぞれ果たすべき役割などについて定めています。このうち学校に期待される役割としては「子どもたちが正確な知識を身に付けられるよう努める」「有効な手洗いを実践する環境を整備する」の2点が示されました。

子どもたちに正確な知識と環境を与えるためには、まず教員や学校の側がそのことを認識する必要があります。学校ではアレルギーや化学物質過敏など子どもたちの健康面への影響から、現場で使用するせっけんや洗剤についても消費者活動を通じて、全国で無添加せっけんを導入する事例が増えています。

その一方で、そもそも「無添加せっけん」については明確な表示の基準がありません。実際、無添加せっけんの意味を知らない人は全体の71%にも及ぶ、という調査結果も報告されています。

この記事では、学校の現場で無添加せっけんや洗剤を導入する、その意味や意義について考えていこうと思います。

<参考資料・記事>
全国初「手洗い条例」成立 市民や学校など役割を 浦安市議会(東京新聞 TOKYO Web)
議会質問から「学校、幼稚園、保育園での石けん使用について」( 千葉県議会議員伊藤とし子のひとりごと )
「無添加」って何 明確な表示基準なく 漠然と安全安心イメージ 踊らされてない?(西日本新聞me)

無添加せっけんとは?

無添加せっけんと言うと、アレルギーや化学物質過敏症を引き起こす原因となる有害な化学物質が入っていない、安全性の高いせっけんと思いがちです。

しかし実は「無添加」と表示されているせっけんの中にも、そうした物質が一部含まれているものがあります。前述したように現在無添加せっけんにははっきりとした表示の基準がないため、何かの添加物が含まれていなければ「無添加」と表示することができてしまいます。また、含んでいる添加物の含有量が1%に満たなければ、それを表示する義務もないのです。

化学物質や合成物質を一切含まない、せっけん成分と水のみで作られたものは「純せっけん」と呼ばれます。つまり、世に流通している無添加せっけんには「本当の無添加=純せっけん」と「一部添加物を含むせっけん」の2種類があるのです。

せっけんおよび洗剤に含まれる添加物は、酸化防止剤、着色料、蛍光剤、香料、合成界面活性剤など多岐にわたります。学校では手洗いだけでなく、給食調理員が食器や食缶の洗浄に用いたりすることから、子どもや教員らの経口摂取や、調理員の経皮摂取の危険性も指摘されていました。

そのためできるだけ無添加の純せっけんを使用したい意向を持つ学校や保護者も多かったのですが、無添加のせっけんは水に溶けやすくすぐ柔らかくなる特徴があります。また他人が触れた固形せっけんを嫌がる児童もいることから、感染症対策が進んだ最近では液体せっけんに変える例も増えているようです。

<参考資料・記事>
私たちがこだわる無添加とは(シャボン玉石けん株式会社)

無添加せっけんのメリット

人体への影響が少ない無添加の純せっけん。それだけではなく、持続可能な社会の実現に向けた観点から、これにはいくつかの効能が考えられます。

・水質汚染を軽減する
・リサイクルに貢献する
・環境教育に資する
・感染症対策に効果が期待できる

河川や海洋、地下水などの水質汚染は主として工業用・家庭用排水が原因で起こります。中でも中心となっているのは、生活排水に含まれる界面活性剤(LAS、高級アルコール系、脂肪酸塩)です。脂肪酸塩とはせっけん成分のことであり、界面活性剤の一種である以上環境への負荷はゼロではありません。

しかし、LASなど合成洗剤が含む各種の添加物が及ぼす影響に比較すると、その危険性は限定的であり、合成洗剤の使用をやめてせっけんに転換することで、毒性が緩和され水質汚染が軽減されるのは事実です。

また、捨てられてしまう運命の廃油を活用し、リサイクルせっけんとして生まれ変わることで廃油そのものを減らすこともできます。

廃食用油を利用したリサイクルせっけんの製造は、以前から生協や市民団体などによって手作りを中心に行われてきました。これまでは、色が悪い、独特のにおいがする、溶けやすいなどのデメリットがあることから家庭での使用にとどまるケースが主でしたが、現在では技術開発が進み高品質な製品が生み出されています。

横浜市立二谷小学校では、コロナ禍で関心が高まるせっけんについて、横浜市に本社を置く油脂会社のリモート講座を実施しました。東京都北区のせっけん製造会社もweb上で工場見学が体験できるようにサイトで公開しており、リサイクルや環境保全などSDGsとからめた教育ができるよう、良質なコンテンツを提供する事業者も増えてきています。

近年になってせっけんでの手洗いが注目を集めている背景には、コロナ禍による感染症対策への関心の高まりもあります。WHOによれば、エンベロープと呼ばれるウィルスの脂質膜を溶かすにはせっけんによる手洗いが最も効果的で、一般の抗菌剤よりも有効であるというのです。

前述の浦安市の手洗い条例のケースでは「自治体として他に採るべき対策を優先すべき」という批判も出ましたが、意外に知られていないこうした知識を広く市民や学校に認知させ、同時に設備など環境を整える施策が採られるのであれば、意味のあることだと言えるでしょう。

<参考資料・記事>
洗剤と水環境について(コープデリ連合会 )
石けんも地球を汚す? (せっけんライフ)
リサイクル石けん (ヱスケー石鹸株式会社)
【12/15 石けん教室】二谷小学校 (太陽油脂株式会社 )
Web工場見学 (ヱスケー石鹸株式会社)
殺菌・消毒・除菌の違いは?なぜ石けんによる手洗いが感染対策に有効か (有限会社ホウライ)
なぜ新型コロナウイルス対策に「石けん」が最強なのか?(GIGAZINE)

 

無添加せっけんのデメリット

いいことづくめのような無添加せっけんですが、デメリットもあります。既に述べてきたように、最大の弱点は柔らかく溶けてしまいやすいこと、そして合成洗剤に比べると汚れが残ってしまうことです。

東京都町田市では、1980年から安全と環境への配慮から小学校給食における食器食缶洗浄に、洗剤ではなくせっけんを使用してきました。これについて2019年9月の給食問題協議会で、課題として検討がなされています。

「でんぷん汚れが落ち切らない」「せっけんカスが残留する」「油汚れと交じり排水管が詰まりやすい」などの指摘が委員から出され、検討課題とされました。技術の進歩により効果の高い食洗器の導入なども対案としてあげられましたが、コストの問題もあり、子どもたちの健康を考えると合成洗剤の使用もためらわれるとされ、現場の難しい状況が見てとれます。

<参考資料・記事>
東京都町田市内の給食の食器を洗っていた石けん。今年後半からは時々、塩素系の合成洗剤も使われるという小さな出来事。(ジャパンマシニスト社)

 

海外の子どもたちの場合

さて、わが国ではこのように子どもたちの健康、学校職員の健康、環境への負荷軽減、感染症対策などさまざまな見地から学校での洗剤・せっけんの使用について、検討することができています。一転、海外に目を移すとそこにはもっと厳しい状況が存在しています。

ユニセフ(国連児童基金)と世界保健機関(WHO)によれば、2019年の時点で全世界の学校のうち、せっけんと水で手洗いが可能な環境が整っているのは半数以下の43%に過ぎない、とされているのです。報告書ではさらに、

・手洗い設備のない学校に通う子どもたちの数:約8億1,800万人
・水はあるがせっけんのない子どもたちの数:約3億5,500万人
・飲料水の供給が制限またはない学校:世界の3校に1校

という衝撃的な数字が並んでいます。

感染症対策としてせっけんでの手洗い奨励が進められていますが、これをSDGs教育の好機ととらえることで、子どもたちの理解と関心がさらに高まるのではないでしょうか。

例えば上記のような海外の状況と日本国内との違い、せっけん製造のプロセスと環境との関連、洗浄剤の基本的な区分など、必要な知識は多方面に広がります。それをまず学校側が行政や関連機関と連携して共有し、より効果的な現場での取り組みとして展開することができれば、高い効果が期待できます。無添加せっけんのメリットとして掲げた「水質汚染」「リサイクル」「環境保全」「感染症対策」そして「世界に向けた視座」など複合的な学習の機会を、子どもたちに提供することが可能です。

保護者や学校職員の方々は、まず自分たちの学校の手洗いや食器洗浄について、どのような状況になっているのか一度確かめてみてはいかがでしょうか。

(ライター:大石雅彦)

<参考資料・記事>
世界の43%の学校で、石けんと水で手洗いできずーユニセフとWHO共同監査報告書発表(公益財団法人日本ユニセフ協会)
住民と石鹸作りに挑戦!| ガーナ | アフリカ | 各国における取り組み (JICA)

 


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