豊かな森に育まれた日本。私たちは古くから、森との共生しながら、日本独自の建築や文化を継承してきました。しかし近年では輸入木材が多く使われ、その中には違法伐採木材も少なくなくありません。さらに、材木としての利用と育成を繰り返すことで維持されていた日本の森林の生態系は、急速なスピードで失われています。
今回は、2020年11月14日に「秩父FOREST」が主催した植樹祭の様子を通して、日本の森の現状をお伝えするとともに、住宅建築会社が地域、NPOと連携して生まれた、日本の森林問題解決のイノベーションをご紹介します。
このプロジェクトの素晴らしい点は、次世代につなぐ未来のために、幼稚園生からシニアまでが、各セクターの垣根を超えて意欲的に取り組んでいること。
企業が自治体や消費者を巻き込みながら、サステナブルな事業を推進する取り組みの事例として、またボランティア機会の参考に、ぜひご覧ください。
秩父FORESTは、住宅建築会社「伊佐ホームズ株式会社」の代表取締役社長 伊佐裕氏が立ち上げたプロジェクトです。
東京を中心に注文住宅の設計施工を行う伊佐ホームズは、木造住宅に秩父の木材を使用しています。その秩父の木材は、森林の維持・再生を理念に掲げ、それに共感した工務店や工場・製材所・山元の事業者で構成されプラットフォーム「森林パートナーズ」から調達する仕組みです。
森林パートナーズは、伊佐氏が約8年前に、林業の低迷や森林が果たす役割を知り、経済と環境の両立をするためにスタートました。
工務店が再植林できるコストで原木を買い、無駄な流通を減らし、山元の収益性をあげトレーサビリティを確保することで、環境を守るための産業にシフトしています。現在は千葉県や福岡県でも採用され、林野庁も注目するモデルとなっています。
一方で、森と都市を結ばなければ、消費者が森に親しみを感じられず、環境問題に関心が持ってもらえないという課題もありました。そこで誕生したのが「秩父FOREST」。13のNPOから成るこのプロジェクトには、植樹を通して教育や福祉活動を行い、樹木葬など新しい森林の文化を定着させるといった活動をしています。
今回の植樹祭は、秩父市の運営する「秩父ミューズパーク」のゴルフ場跡地に植林をすることで、都市公園としての機能と生物多様性に貢献する、第一回目の取り組みです。
参加者は、東京都心から来た約30名。小さな子どもから、20代の若年層、シニアまで幅広い世代が集まりました。植樹は秩父FORESTのメンバーによるデモンストレーションの後、3班に分かれて行われます。
デモンストレーションが始まると、自らスコップを手に取り土を掘り返す伊佐氏。そして、苗木が順調に成長するために、土を被せるラインや、埋める際に雑草が土に混ざらないようにするなどのポイントを説明しました。
都市公園として子どもたちが様々な虫と接し生物多様性を体験できるように、虫が好むコナラ、クヌギ、カツラなどの様々な植物の苗木が準備されました。植物は複数の種類のが競争することによって、融通しあって成長していきます。
それらの苗木の一部は、地元の「秩父ふたば幼稚園」の園児たちが拾った木の実から育てたもの。秩父ふたば幼稚園では、秩父FORESTに参加するNPOと一緒に、年少でドングリの植え付け、年中でポットの植え替えを行い、年長で植樹するという学びのプログラムを実践しています。
その後各班に分かれ、それぞれのスポットで植樹をし、準備されたプレートに名前を書きました。参加者は、自分が植えた木がどんな風に成長するか、それぞれ思いを馳せながらペンを走らせていました。
「20年前に水の研究を始めた頃、ある大学の先生から、地下水を増やしたいなら雨を増やすしかないと言われました。しかし、その後、多くの研究者と共同研究を続けた結果、森の表面のふかふかの土が雨を受け止めて、じっくり時間をかけて地下に浸み込ませるプロセスが、非常に大切だということが分かってきました」
そう話すのは、今回の植樹祭の講師で、サントリーホールディングス株式会社 サステナビリティ事業部 チーフスペシャリスト 山田健氏。「サントリー天然水の森」における研究・整備活動を統括し、九州大学の客員教授も務める、森のスペシャリストです。
「ここはもともと薪や炭のための森でした。先ほど植えたコナラやクヌギは薪や炭の材料で、広葉樹は若いうちに切ると、根元から脇芽が生えて成長します。それを大体15年くらいのサイクルでずっと繰り返していたのですが、ガスや電気の普及により、薪や炭が要らなくなったことで、放置されてしまったのがこの森の正体です。
ところが今、こうやって大きくなったナラの木を食い荒らすキクイムシが全国的に大発生していて、ここ秩父にも、遂に今年やってきてしまいました。ですから、この1・2年のうちに、多分半分は枯れてしまうと思います。だから若い木を植えてあげることがとても重要なんです。
また、日本は戦争で焼け野原になってしまったために、建材用に針葉樹のスギやヒノキの人工林を増やしました。かつて薪や炭に使われていた広葉樹の森も不要になり、多くが植え替えられました。
ところが、それらが育つまでには時間がかかります。その内に、外国から安い材が入ってきて、売ってもお金にならないため、全国で放置されてしまった。手入れをされずに、ぎっしり生えた人工林は、中に入ると真っ暗で、草一本生えていないんです。特にヒノキの大きな葉っぱは、雨が降ると大きな雫をつくり、草が生えていない地面を叩きます。そうなると土がどんどん流される。地下水に必要な、ふかふかの森林土壌が全くなくなってしまうんです。
もうひとつ重要なのは、ミミズなどの土の中の生き物。微生物、きのこの菌、カビやバクテリア等が団粒構造のふかふかの土を作ってくれます。
例えば鹿の糞があったとしても、その土を通過するとわずか10cmでも水が綺麗に浄化されます。そうやって表面で浄化されてから、地下深くの地層を20年くらいかけて工場の地下まで流れてきた、安全安心で美味しい水を、サントリーは使っています。水を作ってくれているのは森なんです。というわけで、全国1万2千ヘクタールの『天然水の森』で、地下水のための森を健康に育てていくという仕事をしています。楽しい仕事ですよ。」
そしてもう一人の森のスペシャリスト、NPO秩父百年の森副理事長 島崎武重郎氏も、その活動のきっかけと、水と森の関係について語りました。
「15歳の時に富士山に登ったのがきっかけで、山が好きになり、富士山が見える630の山に登りました。
社会人になって、大好きな魚釣りをしていた時に、それまでに釣れていた魚が全く釣れなくなり、おかしいぞと思って山を見たら、上の方の木が全部切られていました。そこで、木を切ったら川も全部ダメになってしまうことを知りました。仲間を集めてブナの木を植えてみましたが、次の年には鹿に全部食べられてしまいました。そこで分かったんです。山は関わり続けていかないといけない。
その頃、楓でお菓子を作ったら面白いという話が出ました。富山では、かつてマタギが楓の樹液を採って砂糖を作り、漢方薬として薬種問屋に売っていたそうです。秩父にはたくさん楓があることを知っていたので、秩父FORESTの活動でスギやヒノキを切って楓を植え、将来はカナダと競争できるくらいのメープルシロップを作ることを目標に活動しています。カナダ大使館と話をした際に、カナダと日本の楓の種類が異なるため味が違うことが分かり、現在は東京大学の教授や学生とも研究をしています。
昨年の台風19号で、秩父は日本で2番目に多く雨が降りましたが、ブナ林があったので、2日目には川の水が澄んでいました。あるべきところに木があれば、水や森はちゃんと守れるということ。木を植えることをちゃんとやらないと、最後は自分たちが困るということなんです。
『チチブ』という言葉は全部で7つくらい意味があると言われていて、アイヌの言葉では『綺麗な水の豊かなところ』という意味だそうです。秩父の水は本当に美味しい。私はこの秩父の由来は、アイヌの言葉が語源ではないかと思っています」
イベントが終了した後も、植樹した苗木が鹿に食べられないようにするにはどうしたらいいか、スタッフ同士で熱心に話し合われていました。林野庁からも、鹿による枝葉の食害や剥皮被害などの深刻な森林被害が発表されています。
最後に、伊佐氏が今後の展望について語ってくださいました。
「森が死ねば人も死ぬ。私が尊敬する森林学者で東京大学名誉教授の高橋延清氏がおっしゃった言葉です。森と都市を結ぶ活動の第一回目は、ここ秩父ミューズパークでしたが、ゆくゆくは西武鉄道や秩父鉄道とも連携し、別の山にも広げていきたいと考えています」
かつては森と密接に関わることで成り立っていた私たちの暮らし。ぜひ皆さんも、植樹祭やボランティアに参加して、森と都市の関係を一緒に創ってみませんか?