2024年の国際観光客到着数(1泊以上の外国訪問客の数)は14億人にのぼり、コロナ禍前と同じ水準へと回復しました。そんな世界の観光業界において、加速しているがリジェネラティブツーリズムです。
サステナブルツーリズムよりも、観光客が踏み込んだかかわり方をする旅とされるリジェネラティブツーリズムは、世界各地でどのように実践されているのでしょうか? この記事では、海外のリジェネラティブツーリズムについて、国などの動きを取り上げるとともに、宿泊施設の取り組みを紹介します。
リジェネラティブツーリズムは「再生型観光」「リジェネラティブトラベル」とも呼ばれ、旅行者が旅行先に着いたときより、旅行先を去るときのほうが、よりよい状態になっていることを目指す観光スタイルです。
社会的・環境的影響を相殺し、現状維持する傾向のあるサステナブルツーリズムに対して、リジェネラティブツーリズムはその先へ進んだスタイルとして捉えられています。
このリジェネラティブツーリズムの動きは特に海外で顕著です。2024年8月、イギリスの国立公園は「リジェネラティブツーリズム」の新たなビジョンを発表しました。これは、観光の「害を減らす」という立場から「奪うよりも多くを返す」という立場へと「再生型観光」に移していくというものです。
イギリスの国立公園では、適切に管理すれば、観光には人々や場所を変える力があると捉えています。観光はコミュニティによい影響を与えて富を生み出し、人々を自然と結びつけ、最も貴重な景観を大切にするよう促すことができます。こうしたよい変化を生み出すためには、観光が与える影響を最小限に抑える、ということから、訪問者が国立公園をよりよい場所にして去る、ということへ移行する必要があると考えているのです。
このビジョンで注力する取り組みとして、「観光事業を展開する地域やコミュニティの向上と再生に貢献する観光開発の推進・支援」と「炭素排出量の削減と自然回復を促進する観光活動のサポート」を掲げています。
【参考資料】
世界観光指標(World Tourism Barometer)2024 年 11 月号について|国連世界観光機関
UK National Parks set out new vision for regenerative tourism|National Parks UK
また、ハワイもリジェネラティブツーリズムに力を入れています。ハワイでは、2020年から2025年までの観光戦略として「自然保全」「文化継承」「コミュニティリレーション」「ブランドマーケティング」の4つの柱を掲げます。
リジェネラティブツーリズム推進のために、島ごとに3か年の「デスティネーション・マネージメント・アクションプラン(DMAP)」を作成。地域の再生に貢献する取り組みを進めています。ホテルやアトラクション施設だけでなく、住民参加型のプログラムを開発し、宿泊税の一部をコミュニティの教育・文化プログラムの補助金にするなど、地元住民を巻き込んだ活動が行われています。
また、2024年9月には日本の大手旅行会社HISとハワイ州観光局が「リジェネラティブツーリズム」を促進するため、2022年に締結したパートナーシップ協定の契約期間を延長しました。リジェネラティブツーリズムのさらなる普及に向けて活動が進められています。
【参考資料】
「持続可能な観光」実現に向け何をすべきか?ハワイ・カナダの先行事例から学ぶ-観光庁フォーラム|トラベルビジョン
ハワイにおけるリジェネラティブ・ツーリズム推進の発信地としてLeaLeaラウンジに「マラマ・ステーション」開設|PRTIMES
「Mana Earthly Paradise」は、バリ島における経済の80%を占める観光産業の持続可能性を再考し、再定義することを目的として、あらゆる面で、人と社会と自然が共繁栄する「リジェネラティブ(再生的)」なアプローチを取り入れたホテルです。
例えばヴィラの建築では、土のうを積み上げて建てるアースバッグ工法を採用。材料には古材やエシカルに調達された材料を使用し、新しい木を一本も伐採せずに作られました。また、施設の照明はすべて太陽光発電で賄われています。
バリ島では観光産業が主な原因で水不足が深刻です。そこで「Mana Earthly Paradise」では節水シャワーヘッドや節水トイレを取り入れる他、現地のバリ人が稲作に必要とする水を減らさないように雨水を貯蓄。地下の60立方メートルのタンクに集められた雨水はろ過され、敷地全体に飲料水として供給される仕組みを作りました。キッチンや浴室からの排水はろ過して花壇の花を育てるなど、循環型の水の使用にも全力で取り組んでいます。
さらに併設のレストランでは、敷地内の畑で在来種のたねを自然農法により育てた食材や、新鮮な地元産オーガニック食材のみを使用した料理を提供。食べ残しや生ゴミは敷地内の農園の肥料にし、農園から食卓へ、そしてまた農園へと循環を生み出しています。
2022年には、環境や社会に対する透明性や説明責任などにおいて高い基準を満たした企業に与えられる国際認証「B Corp(TM)」を取得しました。東南アジア初の「B Corp」認証ホテルであり、アジア全体では2番目です。
【参考資料】
|一般社団法人Earth Company
日本人社会起業家の夫婦が運営するエシカルホテル「Mana Earthly Paradise」がB Corp認証取得|一般社団法人Earth Company
Shinta Mani Wildはカンボジア南部のアルダモン国⽴公園にある、全15室からなるラグジュアリー・エコリゾートです。アルダモン国⽴公園は手つかずの自然が残る熱帯雨林が広がり、アジアで最も生物多様性に富んだ場所といわれています。
このホテルでは3⽇以上の宿泊が必要です。滞在中には大自然を活かして、樹上の上空を400メートル飛ぶジップラインをはじめ、密漁や違法伐採を取り締まるレンジャーとのパトロール、ジャングルクルーズ、ハイキングなどさまざまなアクティビティが提供されています。
密漁や違法伐採を取り締まるパトロール体験では、ゲストはレンジャーと一緒に、わなの処理や捕獲された野生生物の救出、密猟者や伐採者の逮捕、違法な機器の押収など、重要な保護活動に参加できます。
ホテルでは、経済的な理由から密漁や違法伐採に関わっていた⼈を雇用していることが大きな特徴です。雇用する約120人のうち、70%は地元の村の出身者。その中には、以前は密猟や違法伐採を行っていた人もいますが、現在はホテルの保護活動に積極的に貢献しています。雇用して従業員が経済的に自立することで、密漁や違法伐採を防止でき、森林や野生生物の保護、そして豊かな生態系の回復・再生へとつなげられる取り組みです。
また、シェフが森から集めた食材を使って作り上げた地産地消の食事が提供されています。使い捨てプラスチックは使わずリサイクル容器を活用し、スパで使用するトリートメントはリゾートを囲む森林から取れた薬用植物やハーブ、スパイスを用いるなど、環境に配慮した施設やアメニティも特徴です。
【参考資料】
Shinta Mani Wild
リジェネラティブツーリズムは、消費するスタイルの旅とは違い、観光地の自然や生態系を再生し、地域住民にいい影響をもたらすよう働きかけることがわかります。この新しい旅の形は、よりよい地域社会の未来をつくっていくうえで大きな可能性を秘めていると感じました。リジェネラティブツーリズムがこれからの観光のスタンダードになることに期待します。
(ライター:藤野あずさ)
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