音楽を習ううえでハードルなのが、楽器の購入。ピアノやバイオリン、トランペットとなじみのあるものをはじめ専門的なものも加えると種類も豊富ですが、どれも簡単には手が届かない価格ですよね。さらに近年は楽器の原料となる金属や木材価格が高騰。輸入品も多いため物流費の上昇も加わり、楽器の価格が値上げされました。
学校や施設では、慢性的な楽器不足の問題を抱えていて、高価なために楽器を買えず、音楽を学べない子どももいます。しかし近年、家庭などで使われなくなった楽器を再使用したりアップサイクル製品を作ったりする取り組みが広がっています。
今回は、学校現場での楽器のリユースについて、自治体や企業の取り組みを紹介します。
【参考資料】
楽器、金属高騰で値上がり 吹奏楽部や愛好家悲鳴|日本経済新聞社
休眠楽器とは使われていない楽器を指します。学生時代に使っていたトランペット、子どもが習うために購入したピアノなど今は使っていないけど、思い入れがあるために手放せず、押し入れで眠っている休眠楽器を持つ人が多いといわれます。
楽器といっても、フルートやピッコロをはじめとした管楽器から、弦楽器や打楽器、鍵盤楽器まで多岐にわたります。学校や施設によっては部員の減少や活動の縮小で余ってしまった楽器や、種類はあるけれど使用頻度の少ない楽器など、行き場をなくし倉庫に置かれたままの楽器もあるようです。
一方、中学校や高校では、楽器不足が深刻です。2020年に行われた「中学校の吹奏楽部で使用する楽器不足の実態調査」によると、学校所有の楽器を使う人は68.4%、30%以上が自分で調達したことがわかりました。さらに自分で調達した子のうち、21.2%が新品を購入しています。
楽器購入費用は 新品で平均24万4480円、中古品でも平均11万3487円と、経済的には大きな負担です。ここに、メンテナンスや消耗品の費用負担も加わります。
本来は学校の設置者である自治体による楽器購入が求められますが、自治体の財政事情により難しい実情も。一部の学校現場では、先生方の努力によって学校間で楽器が貸し借りされ、活動を継続しているケースもあるようです。
また、学校で所有する楽器においては、長年使われてきたことによる経年劣化や傷、へこみが生じています。しかし、予算不足から修理ができず、楽器不足が原因で希望する曲を演奏できないといった、音楽活動に支障をきたしています。
【参考資料】
公立中学校の吹奏楽部入部には30万円が必要 吹奏楽部の活動に関する実態調査|株式会社マーケットエンタープライズ
楽器シェアアプリを広め、吹奏楽部の楽器不足を解決したい|READYFOR
休眠楽器を再使用する主なメリットとして、次の2つが挙げられます。
SDGsでは達成目標12に「つくる責任 つかう責任」を掲げて、「持続可能な消費と生産のパターンを確保する」を取り組みの軸にしています。休眠楽器の再使用はこの目標にまさに沿った取り組みです。
持続可能な消費と生産とは、「資源効率と省エネの促進、持続可能なインフラの整備、そして、基本的サービスと、環境に優しく働きがいのある人間らしい仕事の提供、すべての人々の生活の質的改善を意味すること」です。
国連広報センターは「2050年までに世界人口が96億人に達した場合、現在の生活様式を持続させるためには、地球が3つ必要になりかねない」と指摘しています。持続可能な消費と生産では「より少ないものでより多く、よりよく」を目指します。限りある地球の資源を守るため、持続可能な生産と消費のあり方が求められているのです。
ごみを削減し、補修や手入れをして再び使う休眠楽器の再使用は、SDGs達成へ向けた取り組みでもあります。
もうひとつのメリットとして、個人購入の際、休眠楽器を活用すると購入費用の負担を減らせる点が挙げられます。吹奏楽部への入部、新しい楽器の習いごとを楽しみにする一方、初期費用に数十万円かかる場合が少なくありません。楽器は必要不可欠なので、購入しないわけにはいかないのが現状です。
例えば、吹奏楽部で子どもが使用する楽器の購入費約25万円を抑えられたら、その分メンテナンスに回したり、ほかの体験や学びにあてられたりできます。利用者にとって大きなメリットだといえるでしょう。
【参考資料】
休眠ピアノの活用とその意義|国立音楽大学 伊藤 牧子
目標12「つくる責任 つかう責任」|国連広報センター
「楽器寄附ふるさと納税」とは、楽器不足で悩む学校や音楽団体へ、全国の使われていない休眠楽器を寄附する取り組みです。不用になった楽器をインターネットを通じて申し込み、自治体経由で学校などに寄附します。
寄附にあたっては、楽器の査定が行われ、2回の査定を経て決定された査定金額がふるさと納税として税制控除を受けられる仕組みになっています。
「楽器寄附ふるさと納税」は2018年、三重県いなべ市との提携により始まりました。参画している自治体は2024年3月までに27自治体にのぼり、北海道から九州までの日本全国に広がりを見せます。令和5年度までの寄附申し込み件数は1900件以上、このうち寄附された楽器は合計800本を超えました。
特徴は、通常のふるさと納税と違って「返礼品」と呼ばれるものがないこと。そのかわりに、児童・生徒たちからの「感謝の手紙」や演奏会への招待等が届きます。返礼品目的ではなく純粋に応援する想いから生まれた楽器寄附の取り組みになっているのです。
また寄附する側は、寄附したい楽器に応じて寄附する団体を選びます。時には寄附したい楽器がないこともありますが、1年を通して楽器は追加され、4~6月は特に、新入生用や夏のコンクールのために新しい希望楽器が増える傾向があるようです。
新たな楽器が増えると演奏の幅が広がり、生徒たちは新たな経験ができます。「楽器寄附ふるさと納税」は「公平で質の高い教育を提供し、より質の高い学習機会提供の促進」を目指し、取り組んでいます。
【参考資料】
楽器寄附ふるさと納税|楽器寄附ふるさと納税実行委員会 運営事務局
浜松市では、新型コロナウイルス感染の影響を受け、小学校の吹奏楽部の数が、3年間で約8割減。小学校で使われなくなった管楽器の再生・活用を通して、芸術文化に親しむ人材育成を目指しています。
もともと浜松市では、ピアノ、電子オルガンや電子ピアノ、管楽器、ギター、ハーモニカなどさまざまな楽器が生産されてきました。ヤマハ、カワイ、ローランドをはじめとする世界的な楽器メーカーだけでなく、200社以上の楽器関連企業が集まる場所です。こうした地域性から、小学校では金管バンド部が盛んに行われてきました。
ところが近年、市内小学校における音楽部活動への取り組みが減少したため、部活動で使用されずに保管されている管楽器が学校に多くあることがわかりました。
そこで令和5年度は市内23校、約560台の管楽器を点検し、コルネット、アルトホルンなど、計36本の修繕に着手。令和6年度には、再生した管楽器を個人や音楽団体などへ貸し出したり、小学校での楽器体験教室を開催したりする取り組みが進められています。
また、点検された楽器のうち、再生できない管楽器については市内の小学生からアイデアを募集し、楽器をアップサイクルする取り組みも行っています。
【参考資料】
〈拡充〉芸術文化に親しむ人材育成のための管楽器再生・活用事業|浜松市
楽器産業の歴史|浜松市産業部産業振興
休眠楽器の再使用は、環境にもやさしく経済的にもメリットのある取り組みとして注目されています。なかでも、事例で取り上げた「楽器寄附ふるさと納税」の取り組みは、「若い人の役に立ち、大切な楽器がもう一度輝けるのなら」と、思い入れのある楽器を手放しやすく、限りある資源を循環させていくうえで効果的です。
また、学校同士で使われていない楽器をシェアするアプリを福井県の高校生が開発するなど、楽器不足の課題に対する取り組みは広がりつつあるようです。
音楽に親しむにあたり楽器の入手は大きなハードルです。このハードルを超えられる仕組みを構築すれば、より多くの若者に音楽体験を提供することが可能になります。本記事で紹介した事例をヒントに、休眠楽器の活用方法を探ってみましょう。
【参考資料】
楽器シェアアプリを広め、吹奏楽部の楽器不足を解決したい|READYFOR
(ライター 藤野あずさ)
〈関連記事〉
学校でできるアップサイクル教育 企業とのコラボ事例も!