多くの国でふたたび国境が開かれている2023年。日本でもインバウンド消費の復調が期待されています。しかし、観光業は地球環境に大きな影響を及ぼしており、コロナ以前の観光産業を再び推し進めることは持続可能ではありません。
2018年、シドニー大学は旅行・観光によるCO2排出量の合計が世界の総排出量の8%に迫っているという研究結果を明らかにしました。また、世界の観光地では、オーバーツーリズムによる地域環境の悪化も問題になっています。
この記事では、これからの旅の常識になるであろう「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」について、事例を紹介しながらお伝えしていきます。レスポンシブル・ツーリズムにおいて重要なのは、観光客にも責任を持って行動してもらうことです。
ご紹介する事例は、美しい島国「パラオ共和国」の斬新な取り組みです。まずは、観光地が影響を受けている環境問題について詳しく見ていきましょう。
オーバーツーリズムとは、観光地で受け入れられるキャパシティ以上の観光客が訪れる状態を指します。具体的には、渋滞・騒音などによる地域住民の被害や、観光業で発生したごみによる景観・自然環境の悪化、文化遺産の破壊などが挙げられます。地域の活性化になるはずの観光業が、地域に不利益を及ぼす状況になっているのです。
実際にオーバーツーリズムが起きているオランダ・アムステルダムの、事例と対策を見ていきましょう。
オランダの首都アムステルダムは、人口約 85 万人。2010年に「運河地区」が世界遺産に指定されたことも影響し、近年観光客が急増しています。2017年には人口の20倍以上にあたる約1,800万人の観光客が訪れ、2030年には最大で4,200万人に達するという予想もあり、地域への影響が懸念されているのです。
観光客の増加に伴う中心地の混雑、観光客による迷惑行為、非合法な宿泊施設の増加などが、すでに問題視されています。
このような問題に対して、オランダ政府観光局は住民ファーストを掲げた上で下記のような対策を行なっています。
多くの対策を行なっていますが、このような対応だけでは、観光客に「観光地の文化・自然環境を守る」という意識を持ってもらうことはできません。今後は、観光客も責任を持って観光することが必要です。
「レスポンシブル・ツーリズム」とは、観光客にも一定の責任をもって行動してもらうことで、よりよい観光地を作っていこうという動きです。サステナブル・ツーリズム(持続可能な観光)と共通する部分がありますが、レスポンシブル・ツーリズムは、より観光客の意識・行動も重要視されています。
現在の世界の観光地は、「どんな人でも来てOK」という場所が多いでしょう。しかしこれからは、観光地としても観光客を選択する、観光客にも責任を持った行動をとってもらうことが、観光産業を持続可能にするためにも必要です。
ここからは、レスポンシブル・ツーリズムを実行している国「パラオ共和国」について詳しく見ていきましょう。
パラオは日本の南方、3,200キロメートル離れた場所にあり、無数の島々から成り立つ国です。2012年に「ロックアイランド群と南ラグーン」が複合遺産(※)として世界遺産に登録されました。
※複合遺産とは、文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えた遺産です。
約445の島々・美しいラグーンなどの自然、多様な生態系、そして人類の歴史に想いを馳せる遺跡としても注目されています。
美しい無数の島々・ラグーンを楽しむために多くの観光客が訪れるパラオ。2016年は14万6000人の観光客が訪れました。しかし、パラオの国民はたった2万人。7倍もの観光客が訪れている状況は、まさにオーバーツーリズムと言えるでしょう。
実際に、観光業による環境破壊や、環境に悪影響を及ぼす可能性のある問題が起きています。
【パラオで発生している環境問題】
実際に、2016年にエルニーニョ現象が発生した際は、深刻な水不足に陥りました。この時は飲み水を他国から輸入して凌いだそうです。このようなパラオ住民の生活にも直結する問題もすでに発生しています。
観光業による環境問題に対処するため、パラオではさまざまな対策を行なっています。
パラオはサンゴ礁の成長に有害と指摘されている「オキシベンゾン」「オクチノキサート」などの物質を含む日焼け止めの販売や持ち込みを禁止しています。業者が違反すると1,000ドル以下の罰金、個人が持ち込みをした場合は没収となります。
日焼け止めの規制はハワイ、カリブ海ボネール島などでも行われていますが、国として実施してたのはパラオが初めてです。
観光客が最も多いコロール州では、1997年にロックアイランド利用法によって観光客の行動が規制されました。さらに、2000年にロックアイランド管理保護法によって観光客の行動エリアが限定され、入域料の徴収も始まりました。
これには、観光客の行動を制限するだけでなく、質の高い観光を提供するという目的も含まれています。現在では、保護法執行部局に所属する53名のスタッフが、保護区の見回りやインフラの整備、清掃、環境のモニタリングなどを行い、自然環境の維持を目指しています。
国として環境保護対策に力を入れているパラオ。さらに、観光客に責任ある行動をとってもらうために、パラオ当局は驚きの方法を取り入れました。
パラオに入国する際に環境への配慮を約束する文書である「パラオ誓約(パラオ・プレッジ)」への署名を義務付けたのです。観光客だけでなく、パラオに住む人も署名を行います。パラオ誓約はパスポートにスタンプで押され、入国者は入国時に署名をしなければいけません。
誓約を破ると最大100万ドルの罰金が課されるという、法的拘束力も強い誓約書になっています。
では、誓約書にはどのような内容が記されているのでしょうか。
どれも当たり前のことのように思いますが、誓約書が必要になった背景には観光客がサンゴを破壊したり、ペットボトルを海に投げ入れたり、海亀の甲羅を持ち帰ったという事例の発生があります。
このような事例があったこと自体が非常に残念ですが、誓約書を書くこと、さらに罰金が課されることによって観光客の環境保護の意識が高まることを期待したいですね。
2022年、日本にも再び外国人観光客が戻ってきました。日本の自然環境を守るため、地球温暖化を食い止めるためには、日本においてもレスポンシブル・ツーリズムの普及が必要です。
日本では、白川郷が観光客数を絞り込むなどの対策を行なっていますが、その他のレスポンシブル・ツーリズムの事例は非常に少ないです。ですが、日本ではレスポンシブル・ツーリズムの普及が期待できないのかと言われると、そうではありません。
日本のリゾート産業を席巻している星野リゾートの星野佳路代表は、2022年9月のテレビ出演でレスポンシブル・ツーリズムを今後のキーワードとして掲げ、下記のような発言をしています。
数を追うだけではオーバーツーリズムなどの問題が発生します。
これからは観光地が「どんな人に来てもらいたいか」を明確にし、地域の自然環境・文化などを守りながら観光産業を発展させることが必要でしょう。
(ライター:小森 さほ)
【参考資料】
・世界の二酸化炭素排出量の8%|JTB総合研究所
・オーバーツーリズム|JTB総合研究所
・オーバーツーリズム ―欧州諸国の事例と日本への示唆―|国立国会図書館 調査と情報
・レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)などの発想転換で、地域が「観光客を選ぶ時代」を考察してみた【コラム】|トラベルボイス
・パラオの世界遺産「ロックアイランド群と南ラグーン」の魅力をご紹介|OnTrip JAL
・気候変動下におけるパラオ共和国のサンゴ礁保全|日本サンゴ礁学会誌
・<環境視点>観光立国パラオの対策 サンゴ守れ 日焼け止め規制|東京新聞
・パラオ共和国における観光振興と調和した自然保護政策の展開に関する研究
・パラオ政府、観光客に「環境を守る誓約書」のサイン義務付け|Forbes
・【解説】『インバウンドの数を追うな』星野佳路代表が明かした新戦略は「レスポンシブルツーリズム」…3ホテル開業で星野リゾート”おおさか大進撃”|MBS NEWS