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日本初のヴィーガン給食が浮き彫りにする学校の食育の課題

2022.01.27

近年、食材に動物由来のものを使用しない「VEGAN(ヴィーガン)」と呼ばれる人々が全世界的に増えています。大和総研のレポート(2021年2月)によると、VEGANを含むベジタリアンの数は1998年~2018年の間でアメリカで年平均3.9%、ヨーロッパで年平均2.6%増加しています。

この世界的潮流を受けて、わが国でも以前に比べ大豆などを原料とする代替肉の製品や、ベジタリアン、VEGANに配慮した食品、メニューを目にする機会が多くなりました。この試みは学校においても例外ではなく、東京都八王子市立浅川小学校では、2021年5月より公立学校として日本初のVEGAN給食を始めています。

 

1.公立小学校初のVEGAN給食

同小では、2ヶ月に一度のペースで完全植物由来の材料のみを使用した「エブリワン・ヴィーガン給食(のちエブリワン・プラントベース給食に改称)」を提供しています。

もともと「みんなで食べられ、みんなでおいしい」をコンセプトに、幅広いアレルゲンに対応した「エブリワン給食」を行っていましたが、食の多様性や環境問題を絡めた食育効果を狙い、肉や魚を用いない給食の導入に踏み切ったということです。

発案者の校長は「自分だけでなく、周りの人、健康、地球環境などいろいろな条件を考えながら、その日食べるものを自分で選ぶ(朝日新聞GLOBE記事より引用)」と、その意義について期待と共に語っています。献立の設定には十分なカロリー量が得られるよう栄養教諭も苦心し、何度も試行錯誤を繰り返した結果、児童や保護者からも好意的な反応が得られたそうです。

しかしその一方で、この報道は各方面に波紋を呼びました。

2.湧き上がる疑問の声

まず起こったのは、朝日新聞GLOBE+の記事内容では「VEGAN食=アレルギー対応食」であるとの誤解を招きかねない、という批判です。

記事が出た時点で、浅川小にはごまや大豆など植物原料にアレルギーを持つ児童が在籍していませんでした。このことから「今日の給食はアレルギーを気にしなくてよいね」という会話の内容が報じられ、あたかもVEGAN給食はアレルギーを引き起こさないかのように、読者をミスリードするおそれが生じました。

記事をよく読めば内容に誤りがないことが分かるものの、朝日新聞GLOBE+は説明が不十分であったとして、web配信の記事に追記する形で対応しています。

青少年の健康的な育成を案ずる小児科医の立場からは、鉄分やビタミン、タンパク質など必須栄養素が不足する危険性が指摘されました。同時に、児童や保護者たちに対し適切で十分な説明がなされたのか、健康被害の可能性についても考慮したうえでの導入なのか、という意見が医師から上がっています。

さらにこの問題をデリケートなものにしているのは、VEGANの考え方が宗教や思想と微妙に関わってくる点です。

宗教によっては摂取を禁ずる食材があったり、あるいは調理方法に厳密な規定があるなど食習慣上の決まりが設けられています。我が国においても古来仏教では長く肉食や香りの強い野菜を遠ざけていましたが、近世以降厳密ではなくなった経緯があります。

加えて、必ずしも宗教に基づく場合だけとは限らず、動物愛護の観点から生き物の生命を奪って食べることを忌避する立場の人も存在します。極端な場合はそれを周囲にも強制したり、動物園や革細工、伝統漁法等まで攻撃の対象となるため、反発する声も大きくなりがちです。

浅川小のVEGAN給食では多様性を実感させる教育上の意図もあったのですが、実際の現場では具体的な学習指導内容は特に用意されませんでした。そのため、公教育の場で一方的にVEGAN主義を押し付けるのは「いまだ価値観の形成途上にある子供たちに対して不適切だ」という声もあがっているのです。

3. VEGANの認知が広まった背景

ほんの十年ほど前まで、日本ではVEGANという言葉さえ一般的ではありませんでした。ところが昨今、その認知度が急激にあがっています。

背景としては、コロナ騒動以前に計画された外国人観光客の増加を目指す方針のもと、東京オリンピックにフォーカスして異文化圏の人々の来日を促した国家戦略があります。同時にSDG’s(持続可能な社会の実現に向けたゴール)が国際的な課題として推進、普及された結果、多様な価値観・異文化がわが国でも広く知られるようになりました。

例えばイスラム文化であるハラルフードの表示を、街中で目にすることがまれではなくなりました。

昨年海外から帰国した筆者の知人の話では、ウイルス検査後のホテル待機時に支給される弁当が、通常のものかVEGAN対応食か、選択できたそうです。消費者の関心が高まれば当然市場も無視できなくなり、大手スーパーも大豆ミートのハンバーグやミートボール、スイーツ等の販売を開始、ファストフード店でもプラントベースのバーガーやサンドイッチのメニューを揃えるようになってきています。Twitter上にはVEGAN対応のレストランや食堂が、愛好者によって続々と紹介されています。

さらには、前述したアニマルウェルフェアの観点から養鶏や畜産の現状を告発する動きが生まれたり、穀物の飼料化に起因する食料配分のアンバランスや、畜産が原因で生じる温室効果ガス排出への批判など、肉食を抑制し野菜中心の食事を奨励する動きはかつてないほどの高まりを見せているのです。

2021年に行われた東京オリンピックでは、メダリストら外国選手が、供給される食事のアニマルウェルフェア基準が低すぎると組織委員会へ抗議、声明文を発表しました。

このような社会的圧力の高まりは業界の危機感をあおり、不利益を招く法整備が進まないよう農水大臣に裏献金を行った鶏卵生産業者の事件などは記憶に新しいところです。

4. 食育と共に実施する必要性

今回の浅川小学校の試みは、先進的であるがゆえに意図せずして様々な課題を世に問いかけ、大きな反響を呼ぶ結果となりました。アレルゲン対応給食の考え方を発展させ「みんなで食べられ、みんなでおいしい」という理念をより拡大しようという発想自体は、意義のあることと考えて良いでしょう。

しかしVEGANの概念が包含する「多様性」の範囲はとても広いものです。

この点において、報道機関だけでなく学校側もまた準備不足であった点は否めません。一口に多様性と言っても、そこにはいくつもの切り口があります。VEGANにしろプラントベースにしろ、野菜中心の給食を導入するにあたっては子供たちや関係社会が混乱しないよう、スタート時にその立脚点を明確にしておく必要があります。

・アレルギー対応、残留農薬などの安全性の側面から・・・食べる人、作る人の安全を考える
・禁忌食材などの宗教的側面・・・食における信教の自由の尊重と共存を考える
・動物愛護など倫理的側面・・・生き物の命を食べることの重さと責任を考える
・児童の健康・成長などの栄養学的側面・・・野菜中心では偏りがちになる栄養のバランスを考える
・大量生産・大量消費に起因するフードマイレージなどの経済的・環境的側面・・・経済合理性の追求と持続可能性の関係、地産地消の意義について考える

理想を言うならば、上に列記した側面の基礎知識を共有したうえで、これからの食について子供たちと共に考えていく環境を整えていくのが、本来あるべき「野菜中心の食育」の使命です。それが実現できれば、「エブリワン・プラントベース給食」は大きな意味をもつものとなるでしょう。

そのためには、子供たちを取り巻く学校、教師、栄養士、保護者、地域、行政などが一体となって推進する体制づくりが、不可欠になってくるはずです。浅川小学校のケースが契機となり、今後各地でさらに活発かつ有意義な議論が進んでいくことが期待されます。

(ライター:大石雅彦)

<参考資料・記事>

なぜ今、ヴィーガン(ベジタリアン)なのか 2021年02月03日 | 大和総研 | 市川 拓也 (dir.co.jp)
「ヴィーガン給食」採り入れた公立小学校 みんなで食べられ、みんながおいしい:朝日新聞GLOBE+ (asahi.com)
八王子市立浅川小学校で「ヴィーガン給食」がスタート! ~ 公立学校としては日本初 | ミートフリーマンデーオールジャパン Meat Free Monday All Japan (meatfreemondayjapan.com)
「ヴィーガン給食」導入した公立学校、絶賛するマスコミに疑問 栄養学的な問題、個人の思想の押し付けは許されるのか? (buzzfeed.com)
日本が代替肉推奨へ! 国内の代替肉・培養肉の状況| 畜産動物たちに希望を Hope For Animals|鶏、豚、牛などのアニマルウェルフェア、ヴィーガンの情報サイト
一般社団法人J Vegan協会 | J Vegan でSDGs (j-vegan.com)
なぜ世界のメダリストたちは東京五輪に「強烈抗議」したのか(岡田 千尋) | 現代ビジネス | 講談社(1/4) (ismedia.jp)
ベジタリアンの種類 | 日本エシカルヴィーガン協会 (ethicalvegan.jp)
吉川元農相 汚職事件 贈賄の大手鶏卵生産会社元代表に有罪判決 | 事件 | NHKニュース
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