街の緑化は、私たちの暮らしにさまざまなメリットをもたらしてくれます。
自然に触れる機会の創出、夏の断熱と冬の放射冷却防止効果、直射日光の遮蔽、生物相の回復、芝生化による防塵、ヒートアイランド現象の抑制、人々のストレス軽減(メンタルヘルス)など、その効果ははかり知れません。日本では農地山林を中心に街道の並木や庭園、家庭の盆栽など古くから日常の生活が植栽と共にありましたが、都市開発の進展により緑地面積は年々減少していると言われています。
これを受け東京都や大阪府など大都市では政策的に都市の緑化を推進、学校に対しても「緑の学び舎づくり事業(東京都)」などを通じて、緑化にかかわる経費の補助や専門家派遣など支援を行っています。
この記事では、そうした学校緑化の現状と課題について解説してまいります。
ここにひとつの調査結果があります。
2019(令和1)年に千葉大学大学院園芸学研究科が著したもので「教職員のストレス緩和を目的とした学校緑化に関する研究-学校緑化の現状調査と教育委員会の意識調査-」というタイトルがつけられています。
論文はタイトルの通り、教職員の労働環境と緑化の関係性について調査研究したものですが、この調査から現在全国で行われている学校緑化がどのような目的で導入され、またどんな規定で運用されているか、を読み取ることができます。
◆アンケート調査の概要
・調査日時:2019(令和1)年8月
・調査方法:アンケート調査票を郵送
・調査対象:47都道府県および20の政令指定都市計67ヶ所の教育委員会
・回収率:学校緑化の現状について(学校施設課) 43件(64.2%)/教員のメンタルヘルス対策について(教職員課)39件(58.2%)
(円グラフデータの出典:日本緑化工学会誌webサイトに掲載の数値表をもとに作成)
この調査によれば、学校緑化の目的として上位にあげられたのは「生徒の自然との接触」「生徒に対する環境教育の場の創出」「学校環境の美化」の3つで、合わせて全体の61%を占めています。
緑化を進める意義については、生徒や教員が日常的に過ごす空間である学校環境を美しく保ち、教育に活用するという理解がほぼなされていると言えるようです。
しかしその緑化をどのように進めていくのか、ということになると自治体の教育委員会レベルでは具体的な規定があまりなく、グラフが示すように「特になし」が半数近くを占めていました。規定を設けている場合でも「緑化率や面積の基準」であったり「緑化する場所の選定」などハード面での規定が多く、目的として上位に示された「環境教育」に直接関連する「利用方法の指導」についての規定はゼロでした。
(円グラフデータの出典:日本緑化工学会誌webサイトに掲載の数値表をもとに作成)
学校緑化について各学校に指導を行っている教育委員会は少なく、ほとんどのケースで各学校の自主的な運用に任せている状況がうかがえます。
学校の緑化は屋根・屋上・壁面への展開、ビオトープ、校庭芝生化、学校林など多様なバリエーションがあります。それぞれの状況や期待する効果に合わせ、最も適した緑化計画を立案し、中・長期的視点で管理運営も視野に入れて進めることが重要です。しかし現実的にはさまざまな要因から、継続的な取り組みが困難になっているケースも少なくありません。
福岡市の市立小学校では、2002年の「総合的学習の時間」を契機としてビオトープの建設が進み、2015年の時点で市内143校のうち30の小学校にビオトープが作られました。しかしその後廃校になった学校が1、撤去された事例が3、計画途上で生物の生息が未確認のものが2例あり、機能しているのは24校に減少してしまいました。
その後も機械の故障や水漏れ、埋め立てで池が消滅したビオトープが5件、安全上の理由から観察を制限または禁止した学校が7件と、多くの学校で当初期待された「自然環境の創生と共存」が、必ずしも機能していない状況となっています。また管理の難しさから、水質の悪化やはびこる雑草で荒れ地のようになり、蚊が大発生したりスズメバチやカラスが営巣するなどの問題も発生しました。
2016(平成28)年に筑紫女学園大学・筑紫女学園大学短期大学部紀要に寄せられた論考「小学校ビオトープの現状と課題:福岡市立小学 校ビオトープの事例」では、こうした事象が発生する原因として
・立地条件の問題(アクセス性や見通しの良さよりも、土地面積の確保や設備上の問題が優先される)
・維持管理要員の問題(担当教諭や管理員が不足、植生の成長に管理が追い付かない)
・ノウハウ上の問題(管理運営に関する知識・技術的支援がどこからも得られない)
・校務上の問題(学校業務が忙しすぎて、手が回らない)
・地域との交流・連携不足の問題(ブラックバスなどが勝手に放流されることもある)
などをあげています。これらはビオトープに限らず、屋上庭園や壁面緑化など他の学校緑化活動にも共通して潜む「落とし穴」です。導入当初は期待がかかり、子どもたちの笑顔と共に迎えられる学校緑化ですが、長きにわたって維持・管理を継続していくのは、困難が伴うのが現状です。
上記で紹介した筑紫女学園大学の論考では、しかし希望の持てる成功事例も掲げています。
市立壱岐南小学校では豊かな自然環境のもと、計画の最初の段階から子どもたちや教師も参加するワークショップを8回開催、生態学のみならず環境デザインや心理学の専門家も交えたプロセスにより、環境教育に対する意識の変容が促されました。保護者や地域の人々と共にビオトープを育てていく大切さも指摘され、九州工業大学の継続的な連携やサポートも得て、2005(平成17)年には「全国学校・園庭ビオトープコンクール」で優秀賞を受賞しました。
その後も同校ではビオトープの様子をwebサイトに掲載、メンテナンスの模様なども画像入りで報告しています。
2013(平成25)年度に全日本学校関係緑化コンクール・学校環境緑化の部で「準特選」を受賞した埼玉県深谷市立明戸中学校も、学校緑化活動のレポートをwebに掲載すると共に、多くの学校の参考となるよう敷地内の樹木マップや樹木図鑑のデータを公開しています。
企業研修の現場では知識や技術の習得を効果的に進める概念として「ラーナーエクスペリエンス」という考え方が注目されています。簡単に言えば学習者自身が能動的・主体的に学びを進められる仕組みづくりのことですが、学校緑化に関してもただ教材として緑が「そこに在る」だけでなく、これを積極的に授業に取り入れることが、より実践的な環境教育につながります。
北海道の富良野市立扇山小学校では、学校ビオトープを使った「総合的な学習」カリキュラムを、2011(平成24)年より開始しました。北海道教育大学の調査レポートによれば、この体験はビオトープや周囲の自然環境に対する児童らの興味・関心を高め、土壌生物のマイナスイメージを打ち消すと共に、自主的な探究心を促すことに成功したことが報告されています。
学校の緑化は冒頭に示したさまざまなメリットに加え
・児童・生徒の生きた学習教材として活用できる
・児童・生徒の環境に対する意識を向上させる
という学校ならではの意義があります。その意味では学校の緑化活動は「作ったら完了」ではなく「作られた時がスタート」なのです。限られた予算の中で最大限の効果を得るために、期待する効果と活用の方法を想定し、そこから何をどう作るのかという計画に落とし込んでいくプロセスが大切ではないでしょうか。
NPO法人 日本教育再興連盟(ROJE)が運営するEDUPEDIAに、サツマイモの栽培による屋上緑化プロジェクトが紹介されています。ここでは「暑い夏の教室をなんとかしたい」願いから出発した地球温暖化への疑問を屋上緑化へつなげ、教室温度の低下をスタートに
・地球温暖化の実情理解
・実感に裏付けられた植物の栽培体験
・食用作物の地産地消と流通
・コンポストの意義
・収穫収益を活かした循環型社会
・情報伝達手法の実習
といった複合的な効果が想定されています。
「総合的な学習の時間」の定着やSDGsの普及など、学校緑化を後押しする環境は以前にも増して整っています。緑化活動を設置した段階でストップさせず、阻害要因を乗り越えて継続的に活用していくために、学校側が情報の収集に努めることはもちろんですが、国や自治体にも多くの知見や事例などを集めて、それぞれの学校に合わせた独自の緑化計画が立てられるような支援を期待したいと考えます。
(ライター:大石雅彦)
<参考資料:記事>
・国土交通省・みどりの政策の現状と課題
・教職員のストレス緩和を目的とした学校緑化に関する研究 (日本緑化工学会誌)
・福岡市立壱岐南小学校:ビオトープ一覧
・学校環境緑化活動 – 深谷市立明戸中学校Web
・理科教育学研究Vol.54(2013)小学校におけるビオトープを用いた自然体験活動が児童に及ぼす教育的効果
・屋上緑化プロジェクトを成功させよう (総合的な学習)~サツマイモの屋上栽培 | 総合的な学習の学習指導案・授業案・教材 | EDUPEDIA(エデュペディア) 小学校 学習指導案・授業案・教材
※学校緑化に関する助成金やコンクールなどの施策については、こちらのリンクをご参照ください。
<参考資料:記事>
・エコスクール事例!キャンパスに「緑」を取り入れた学びの場づくり | Operation Green 循環型○○の実践プログラム