2020年の「2050カーボンニュートラル」宣言後から、地方自治体や国内企業でも脱炭素化に向けた取り組みが推進されています。温室効果ガス排出量の「実質ゼロ」を目指すカーボンニュートラルは、環境に負荷をかけない社会の基盤となる重要な目標です。
けれども、100年後、500年後も人間がこの地球で暮らしていくためには、現在とはベクトルが異なる在り方を実現する必要があります。その方向性の1つが「リジェネラティブ(regenerative)」です。「環境再生」と訳されることが多く、アメリカでは10年以上前から環境分野の重要なキーワードとされてきました。
この記事では、リジェネラティブな在り方がなぜ必要とされるのか、その理由を解説します。さらに、リジェネラティブについて考えるきっかけ作りの事例として、2022年・2023年に開催された「小石川植物祭」の取組もご紹介するので、あわせてご覧ください。
現在、世界各国は「2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」という目標に向かって、さまざまな政策を打ち出しています。この目標は、2015年の「COP21(国連気候変動枠組み条約締約国会議)」で締結された「パリ協定」に基づくものです。日本政府も、2020年に「2050カーボンニュートラル」を宣言し、脱炭素化に向けた法整備や情報発信、補助・委託事業を進めてきました。
しかし、環境破壊や気候変動は依然進行しています。近年の異常気象や自然災害の大型化は誰もが感じているところです。
世界の平均気温の変化を見ると、1880年から2012年までの約130年間で0.85度も上昇しています。18世紀後半の各地で起こった産業革命の後、19世紀後半から世界経済は大きく発展し、大量の化石燃料を使用した「大量生産・大量消費」が当たり前になりました。世界的に人口が急増して2020年には80億人を突破、2050年に「94〜101億人に達する」と予想されています。
その結果、GDP(国内総生産)と人口の増加に比例して大気中の温室効果ガスも急増しました。前述の「パリ協定」では、産業革命以降の気温上昇を「2℃ないし1.5℃に抑制」という長期目標を設定していました。しかし、2021年の「COP26」では「1.5℃以内に抑える」とより厳しい数字に再設定しています。
有識者の間では、「2050年にカーボンニュートラルが実現できるとしても、その前に地球環境は不可逆的な状態に陥ってしまうのではないか」ともいわれています。もし、今すぐCO2排出量をゼロにできたとしても、地球環境のシステムは機械のようにすぐに修復できるものではありません。対処療法的な環境政策だけでなく、産業革命以降の社会構造を変えるようなポジティブなインパクトを起こすために必要な在り方が「リジェネラティブ」です。
【参考資料】
「リジェネラティブ」とは?サステナブルを超える企業の取組|Oparation Green
カーボンニュートラルとは|脱炭素ポータル|環境省
第五次環境基本計画に至る持続可能な社会への潮流|環境省
これから目指すべき在り方として、「サステナブル(sustainable:持続可能な)」という言葉もよく知られています。現在の暮らしを将来も続けられるような仕組みを目指す「サステナブル」な在り方と、リジェネラティブの違いは何でしょうか。
サステナブルの主眼は、環境負荷をできるだけ低減して現在の暮らしを続けることです。現在機能しているシステムの基本的な仕組みはそのままに、資源の消費を抑えて効率よく運用することを目指します。地球環境にとってマイナスである現状を「ゼロ」に近づけるため、人間が主体となって自然を管理・開発していくという発想が「サステナブル」の考え方です。
もちろん、「サステナブル」の考え方は重要です。しかし、リジェネラティブな在り方ではさらに先を目指します。問題の悪化を防ぐだけでは不十分だと考え、地球環境の再生(regeneration)まで目的とするのがリジェネラティブです。
リジェネラティブな考え方では、自然に本来備わっているレジリエンス(回復力)を活用して地球環境と社会にポジティブなインパクトを与えることを重視します。また、「人間が自然を管理する」という人間主体の捉え方ではなく、「人間は自然の一部である」という発想がリジェネラティブの基盤です。マイナスをゼロに近づけるだけでなく、「人間が自然と共存共栄するには?」という視点での取り組みが求められています。
【参考資料】
リジェネラティブ・デザインとは?基本的な考え方と企業事例|Oparation Green
「来るだろう未来」から「つくりたい未来」へ|国立研究開発法人 科学技術振興機構
SDGsのSはSustainable。サステナブル、サステナビリティってどんな意味? なぜ大事なの? をわかりやすく解説します|千葉商科大学
東京都文京区の「小石川植物園」は、300年にわたる世界有数の古い歴史をもつ植物園です。1877年の東京大学設立後は付属植物園となり、日本の植物学の父・牧野富太郎が研究に打ち込んだ場としても知られています。研究施設でありながら一般にも公開されており、古くから地域の人々の憩いの場としても利用されてきました。
この記事でご紹介する「小石川植物祭」は、小石川植物園を中心に地域の人々がつながって「植物とまち」について考える通年型のプロジェクトです。植物園近くに事務所を構える建築家ユニット「KASA」が主体となって2022年秋に第1回小石川植物祭を開催、3日間で1万人に迫る来場者を記録しました。
小石川植物祭は、来場者が植物の手触りや香りを感じたり、食べたり、または名前や特徴などの知識を得たりできるプログラムが出展するイベントです。自分の身体を通して知った植物は、今までよりも身近な存在となるでしょう。植物祭公式HPの「街が植物園へやってきて、植物園が街へ広がっていく。」という言葉は、リジェネラティブの「人間と自然の共存共栄」の具体的なビジョンともいえます。
2023年には「小石川植物祭実行委員会」が発足、本格的に始動しました。地域住民や出展者、自治体関係者など、さまざまな立場の人々が年間を通して学び、交流できるプロジェクトとして展開しています。
【参考資料】
小石川植物祭
小石川植物園
KASA / KOVALEVA AND SATO ARCHITECTS
2023年の小石川植物祭は、総合ディレクター・KASA、キュレーター・藤原辰史京都大学准教授のもと開催されました。この年のテーマは「命名(nomenclature)」です。植物の名前やその背景を知ること、思いを巡らせることから、植物との関係を結び直す出展プログラムを広く募集しました。
植物祭当日は、植物園と周辺地域で20の出展プログラムが展開されました。「植物とまち」「命名」など共通のテーマをもったワークショップや展示、飲食物の販売など、バリエーション豊かなプログラムを3日間にわたって開催し、昨年度を上回る1万3000人以上の来場者数を記録しています。
例えば、クラフトコーラの魅力を発信するメディア「CRAFT COLA WAVE」は、世界初のクラフトコーラ専門メーカー「伊良コーラ」、里山の可食植物を収集・研究する「日本草木研究所」とコラボレーションして、イチョウやセキショウの葉を使った「小石川ボタニカルクラフトコーラ」を販売しました。
ブースにはイチョウとセキショウの葉を小瓶に入れて展示し、来場者が実際に葉を見たり香りをかいだりできるように工夫しています。さらに、植物園近くの銭湯では、浴槽にクラフトコーラの出し殻を浮かべて薬草湯のように楽しめる「小石川ボタニカルクラフトコーラの湯」も開催しました。
【参考資料】
小石川植物祭 | KOISHIKAWA BOTANICAL FESTIVAL2023
KOISHIKAWA BOTANICAL FESTIVAL 2023 : After movie|YouTube
CRAFT COLA WAVE PROJECT 10 小石川ボタニカルクラフトコーラ|小石川植物祭
小石川植物祭のプロジェクトには、研究施設である小石川植物園と建築家ユニット・KASA、プログラム出展者やボランティアスタッフだけでなく、地元の行政職員や協賛企業の人々、周辺住民など、さまざまな立場の人々が多様な形で関わっています。2023年度の植物祭では、イベント開催までのプロセスでより多くの人々が関わり、学べる仕組みをつくりました。
例えば、7月から10月まで約月2回開催した「採集会」は、出展者がプログラムに使う植物を小石川植物園で採集・取材する小規模イベントです。研究施設である小石川植物園では基本的に植物採集は禁止されていますが、この採集会では植物園スタッフのレクチャーを受けながら園内をめぐり、プログラムに必要な植物を収集することができます。
出展者だけでなく、採集会には植物祭実行委員やボランティアスタッフも参加します。クリエイターやデザイナーなどの制作関係者が多い出展者と、地域住民が多いボランティアの人々が「植物を通して交流できる場」としての役割も果たしているイベントです。
採集会のほか、オープントーク、クロストークなどのイベントを園外施設で開催したり、植物祭直前には決起集会を開いたりなど、関係者が交流できる場をより多く設けました。
また、先にも述べたように小石川植物園は古くから地域の人々の憩いの場となってきました。しかし、東京大学の研究施設として植物園で行われている研究やその成果は、一般の方の目に触れる機会がなかなかありません。小石川植物祭では、研究者自らがワークショップでファシリテーターを務めたり、青空教室のように研究成果を発表したりなど、一般の方にも研究内容を知ってもらう機会もつくっています。
【参考資料】
小石川植物祭 2023 活動報告書
小石川植物園 PROJECT_20 Open Air Talk Koishikawa / 葉っぱカルタ|小石川植物祭
リジェネラティブな在り方がなぜ必要とされるのか、その理由を解説しました。
50年後、100年後に人間と自然が共存共栄していくためには、「サステナブルな社会」を前提としてリジェネラティブなライフスタイルにシフトする必要があります。この記事では、リジェネラティブな在り方を考えるきっかけとなるイベントの事例として、小石川植物祭をご紹介しました。
私たちにとって身近な自然の1つである「植物」を改めて見つめ、その体験を共有することで、言葉ではない方法で伝わるものが確かにあるはずです。企業・団体や学校でイベントを企画したい方は、ぜひ参考にしてみてください。
(ライター:佐藤 和代)
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