新型コロナウイルスの影響で外出もままならない時期が過ぎ、最近では、ふたたび観光業が盛り上がりを見せています。
また近年、観光産業では、気候危機の現状を踏まえ、政府や関連機関、民間企業等による持続可能な社会の実現に向けたさまざまな取り組みが行われているなか、サステナブル・ツーリズム(持続可能な観光)の推進を目指す動きが高まっています。
そこで今回は、企業における観光と環境への取り組みをかけあわせた新しい取り組み事例をいくつかご紹介します。
国連世界観光機関(UNWTO)によれば、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義されるサステナブル・ツーリズム。
近年の気候危機の状況や、オーバーツーリズムなど観光地に過度の観光客が集中することによる弊害などを鑑みて、快適さや利益だけではなく、旅行者、観光関係事業者、受け入れ地域全体にとって、環境や文化、経済的に持続可能かつ発展性のある観光のかたちが模索されています。
観光は地域社会・経済にポジティブな効果をもたらすとともに、自然環境やそこで暮らす人々の生活に問題を与えるといったネガティブな影響も明らかになることで、それらの課題に対し、各地域に暮らす生活者とその地を訪れる観光客の双方にとって、より良い地域づくりにつながる観光を目指す機運が、日本国内でも高まっているのです。
また、消費行動への意識が高まることで、旅を通じて地域社会の文化や経済、環境にポジティブな影響を与えたい、旅行先や宿泊先、移動手段について、よりサステナブルな選択をしたいと考える旅行者が増えているため、環境や地域に配慮した新しいオプションが組み込まれたツアーが開発されつつあります。
〈参考資料〉
持続可能な観光の定義|国連世界観光機関
2023年3月20日に発表された「IPCC(The International Panel on Climate Change|気候変動に関する政府間パネル)の第6次統合報告書」によると、産業革命以降の気温上昇はすでに1.1℃となっています。このままでは世界の生態系を維持することが困難となり、深刻な影響が生じると予想されており、政府や企業によるさらなる取り組みが求められています。
そうしたなか、2020年10月、日本政府が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を宣言したことで、温室効果ガスの排出そのものを削減するだけでなく、削減が困難な部分の排出量を温室効果ガスの削減活動への投資により埋め合わせる「カーボン・オフセット」の取り組みも注目されるようになりました。
環境省によると、カーボン・オフセットとは、「日常生活や経済活動において避けることができないCO₂等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、それでも排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資する(カーボン・クレジットの購入など)ことにより、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方」と定義されています。
〈参考資料〉
IPCC 第6次評価報告書 統合報告書Summary for Policy Makers(政策決定者向け要約)解説資料
J-クレジット制度及びカーボン・オフセットについて|環境省
カーボン・クレジットとは、特定のプロジェクトを通じて排出削減・吸収できる温室効果ガスの量を見える化したもの。日本では、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が認証する「J-クレジット制度」によって担保されています。
カーボン・オフセットは、まず、エネルギー消費量の削減、エネルギーの脱炭素化、利用エネルギーの転換と合わせて取り組むことが欠かせません。日本のCO₂排出量の9割は、エネルギー消費にともなう排出であるため、住民、事業者、行政が連携し、エネルギー消費量を削減することが、温室効果ガスの排出量を実質ゼロを目指すカーボンニュートラル達成の第一歩と言えます。
観光業では、目的地までの交通でCO₂が排出されるだけでなく、宿泊施設の清掃やリネン類の洗濯、お土産品の生産などあらゆる工程でエネルギーを消費し、間接的にCO₂を排出しています。そのようななかで、カーボン・オフセットを推進することは、観光客や住民が、カーボンニュートラルに向けた具体的なアクションをより自分ごととして考えるきっかけづくりにもなると、近年関心を集めています。
製品やサービスを提供する企業・団体や、コンサートやスポーツ大会などのイベント主催者だけではなく、製品の販売、サービスの提供、イベントの開催などを行う事業者や自治体も、カーボン・オフセットに取り組むことができます。製品・サービス・イベントのチケットなどにクレジットを付すことで、購入者や来場者などのカーボン・オフセットを促す取り組みも行われています。
たとえば、化石燃料を使用している交通機関はすべてCO₂を排出していますが、ANAは、カーボン・クレジットを活用し、CO₂排出量を埋め合わせるオプション「ANAカーボンオフセットプログラム」を飛行機の乗客に提供しています。これは、飛行機の利用時、あるいは、希望の区間に相当するCO₂排出量を計算し、クレジットとして購入することで排出量を相殺することができるプログラムです。
また、JTBの「CO₂ゼロ旅行®」では、森林保全の取り組みを支援するクレジットを購入することで、旅行中に発生する温室効果ガスを間接的に相殺する取り組みを行っています。この取り組みには、2011年度~2020年度までに延べ17,765名が参加し、総発電量914,200Whの再生可能エネルギー発電に貢献しています。
〈参考資料〉
ANAカーボンオフセット プログラム|ANA Group 企業情報
旅行中に排出するCO₂をJ-クレジット制度の活用によりゼロにする「CO₂ゼロ旅行®」|JTB法人サービスサイト
さらに一歩先を目指す取り組みとして、「地球上の自然が再生し続ける状態」と「地域経済が持続可能に運営される世界」の両立を目指すRegenerative NFTプロジェクトSINRAと小田急電鉄がタッグを組み、デジタルアートを用いたカーボン・オフセット✖️観光「エシカル旅プラン」をご紹介します。
「エシカル旅プラン」は、小田急トラベルが販売する箱根ベストパック(乗車券または箱根フリーパス付きのセットプラン)のひとつ。通常の旅行商品代金に加え、エシカル旅行代金(CO2のオフセット代金と環境保全の活動支援金 計1,000円)を観光客が支払うことで、旅先である箱根でのバスや海賊船の利用、宿泊や食事に伴い発生するCO2をオフセットするプランです。売上の一部が、箱根の環境保全の活動支援にも寄付される仕組みになっています。
さらに「エシカル旅プラン」の購入者には、地球環境や箱根の自然へのポジティブなアクションを証明するものとして、デジタルアートのNFTを活用した「エシカルパスポート」(エシカル消費証明)が発行される仕組みになっているのが、このプランの特徴です。
NFTとは、デジタル空間上の証書のようなものであり、たとえば画像・映像・音楽などのデジタルコンテンツや、株などの証券あるいはカーボン・クレジットといった権利をNFTに紐づけることで、擬似的に、物理と同じようにその保有を表現できます。
その仕組みを活用し、エシカルパスポートでは、エシカル旅プランを購入した証として、箱根の伝統工芸である寄木細工からインスピレーションを受けて制作されたオリジナルアート“Generative Yosegi”を楽しむことができるのです。
さらなる取り組みが求められている気候危機への対応。盛り上がりを見せている観光においても、そうした取り組みをかけあわせることで、新たなムーブメントをつくりだしていくことができるのかもしれません。
〈参考資料〉
SINRA、小田急トラベルと共同でCO2フリーで箱根旅ができる「エシカル旅プラン」の販売を開始
(ライター:水野 淳美)
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